足守トンネル

中国地方のツーリング中に地図上で「の」を見つけたので立ち寄ってみた。
大規模かつ交差部がトンネルなので、今ひとつ「のの字」の印象が湧かない。全景を写真に収めることはできそうにない。

警戒標識は一般的な「右(左)方屈曲あり(202)」だけで、ループしていることがわかるものは、トンネルの北5kmに道路をまたぐように設けられている広域農道沿線を紹介した看板が唯一と言ってもいいかも知れない。

1972(昭和47)年度~1980(昭和55)年度に整備事業が行われた吉備高原広域農道は、高梁市-(岡山空港)-岡山市街地北部(吉宗)を結ぶような経路である。
実際の区間は吉備中央町南部の旧大和村で県道57号総社賀陽線から分岐し、岡山空港北で岡山県道61号妹尾御津線に接続している。ループの中間付近に広域農道緑化協力業者が連名で設置した「吉備高原地区広域農道」という石碑があり、その日付は昭和55年11月になっているので、広域農道の全面開通もその頃なのだろう。

「岡山空港を結ぶような」と書いたが、当初からその意図をもって広域農道の経路が選定されたものではなさそうである。というのも、岡山県が新岡山空港の建設地を岡山市日応寺地区に決定したのは1978(昭和53)年11月であり、それぞれの決定プロセスに要する時間を考慮しても時系列に無理がある。1972(昭和47)年11月に就任した長野知事の指示の下で策定、1974(昭和49)年3月に発表された「岡山県総合福祉計画」をもって、広域農道・新岡山空港・吉備高原都市が有機的に結びついたのではないだろうか。

路線吉備高原広域農道
所在地岡山県岡山市北区西山内(初訪時:岡山県岡山市西山内)
回転度220度
完成時期1979(昭和54)年
実走行日2003-09-14
全景写真
(2003年9月14日初訪) トンネルのすぐ上を道路が交差しているのだが、緑が深くてさっぱりわからない。
このような形式で沿線を解説している事例は珍しいだろう。
1枚目の写真を撮ったあたりに分岐と駐車場があり、広域農道お約束のこんな石碑があった。

(2020年9月24日再訪) 広域農道沿線解説を掲げたハイスペックな門型標識柱は健在であった。
足守トンネル西側坑口。昭和後期のトンネルに多い、機能最優先の見た目だ。
足守トンネル東側坑口。せめて完成年月ぐらい表記しておいてほしい。と40年前の物件に言っても後の祭り。