茨城お泊りツーリング:炭鉱跡とキンキと太平洋

今年もやってきました、キンキの季節。
旧十王町~旧勿来市のエリアは興味を惹かれるものが多くありながらほとんど走ったことがなく、昨年来の重点走破地域である。その割には、走るのは1年ぶりだったりする。

ともかく、北茨城周辺をたっぷり走りたいので、07:00に出発、日立南太田ICを08:30に通過。

まずは、前回立ち寄ろうと思ってすっかり忘れていた、リンボーダンス的歩道橋、水木歩道橋。

プラントを日立港まで輸送する際のクリアランスを確保するため、歩道橋の桁部分が昇降式である。こんな面倒なことをせずに地下歩道にすればいいのにと考えてみたが、さすが天下の日立製作所のお膝元だけに、日立製作所の技術を小学生たちにアピールする狙いか?


昇降機をこのアイボルトに固定するようだ。一度現場を見てみたいものだ。

・・・と思ったら、今晩じゃないか!
みんなとの約束をぶっちぎって見物・・・するには、まだチト寒い春の日だ。次回の機会を狙うとするか。
だが、通行止めの予告はネットではなかなかヒットしない。足繁く通って自ら情報を得るしかないか?

水木歩道橋からR245を北へ3kmほど下ったところにある、もうひとつのリンボーダンス的歩道橋、河原子歩道橋。

隣接する敷地の河原子小学校に直接入れるようになっている。歩道橋に校門ってのは珍しい、よね?

フェンスに取り付けられた標識によれば、標高20m、東海第二発電所から9.4kmだそうな。

国道245号の北半分(日立港から北側)の区間、まさに産業道路。昇降式歩道橋の他、信号もカンタンに回転させることができるし、幅広輸送品に備えてガードレールは着脱式だ。

県道10号に入り損ねて迷った先で見つけた、うずう沢に架けられた「花貫川第一発電所第3号水路橋」、国の登録有形文化財とのこと。1919年竣工のコンクリート橋である。いや、もちろん帰宅後に調べたのですがね。

人生峠とはずいぶん大きく出たネーミングだ。もちろん、峠というほどの場所ではない。ただ、この峠標識の西側には線形改良前の県道10号旧道が微かに残っている。

前回来たときは開口していた旧十石隧道だが、案の定、閉塞工事進行中だ。

前回、炭鉱軌道跡を探すこともなく通り過ぎたが、実は土塁のすぐ横に軌道跡があった。水路トンネルのように見えるが、れっきとした鉄道トンネルだ。

上の写真の撮影地点から南側を見ると、軌道跡だということがよくわかる。

という、3世代のトンネルが並ぶ貴重な場所。

反対側で、炭鉱軌道のトンネル跡を探索してみる。こちらは川のようにはなっていない。もちろん、簡易閉塞されているが。

アーチ環はごく普通に長手積み。何十年経っているか調べていないが、実に綺麗に残っている。数m先から色が変わっているところを見ると、ポータル付近だけ煉瓦積みで、中はコンクリートなのだろうか。

十石トンネルの北側数百m、大北川に架かる旧孝行橋は、県道と鉄道で橋脚が共用されていたのか。それとも増設したのだろうか。現場をチラ見しただけでは謎な造りである。

常磐炭鉱の中郷鉱六坑区の旧炭鉱住宅街入口に残るイチョウ。この炭鉱住宅、今は移管されて市営住宅なのだろうか。

炭鉱住宅への道は、昔ながらの非舗装路。道端の木製電柱が素晴らしい。

この「日立」は、日立市の設備であることを表しているのか、それとも日立製作所製品であることを表しているのか。(ここは北茨城市なので、後者と考えるのが妥当か。)

2010年頃に改築のうえ保存されている、茨城鉱業所六坑区世話所。給与支払い事務の他にも慶弔事や住宅修理窓口等の役割も持っていたとのことで、総務部の現場事務所ということですな。この近くに現在の常磐興産社長室分室が置かれているのは、まさに世話所の発展形ということか。

ちょこっと林道に入ってみる。阿吹林道というそうな。

阿吹林道の途中で高帽山林道が分岐していて、そちらへ進入してみる。しばらく進むと、山肌一面が伐採されたエリアに出る。こりゃ、気持ちいい。2kmちょっと走って高帽山林道支線に入る。この支線は1kmほどで行き止まりとなる。

高帽山林道支線の終点は大型車が転回できるような広場になっている。ここにバイクを停めて7分ほど歩くと、南高帽山の頂上に到達する。三角点標石の先に見えるのは勿来~小名浜の街並みか。
それにしても、この字体からして、ここに三角点が設けられたのは明治時代だろうか。ここまで標石をよく持ち上げたものだと感心する。

勿来共同火力って、なんか、美しい。

同じ地点から大津港方面を眺める。中央やや左に見える白い塔は大津岬灯台か。

山を下りて、高帽山林道本線に戻る。このへんは普通の杉山なんだなあ。無花粉杉への植え替えは進行中なのかな?

県道10号に戻ってさらに北上すると、神の山鉱(七坑区)・新西区の炭鉱住宅街横を通る。ここに世話所が残されているように見えるが、実はフラガール撮影用に造成された土地であり、世話所もセットとして作られたものとのこと。

当時このような募集が行われていたと思うが、それにリアルに応募したであろう当時のギャルが、すぐ近くでイヌの散歩をしていた。

とても生活感あふれる旧炭鉱住宅。全然廃墟じゃないので、バシャバシャ撮りまくることはしない。

神の山鉱~関本鉱周辺を走り回ると、そこかしこに炭鉱軌道の遺構が残っている。

どれぐらい前に廃業したガソリンスタンドだろう?

神の山鉱の選炭場。まるでハロウィンのかぼちゃ、ジャック・オ・ランタンだ。

ちょっとだけジャック・オ・ランタンの口の中に入ってみる。
このまま朽ち果てていくのはもったいない立派な設備だ。何かに転用できないものか。てなことはとっくに考え尽くされているだろう。

神の山鉱選炭場から少し坂を登ったところ、このトンネルの奥には、神の山鉱(七坑区)・南区の炭鉱住宅街跡があるらしい。

中は超マディ。とても違法進入する気にはなれない。

神の山鉱への専用軌道終点近くに残る橋。このあたりは複線だったんだな。

苔生した路面がなんとも心地いい。

さあ、そろそろ宿へ向かおう。

宿は昨年と同じなので大胆にカット。キンキの塩焼きの旨さは今年も健在だった。

翌朝。9時過ぎに宿を出発して、とりあえず勿来関に向かう。もっとも、勿来関がどこにあったのか、本当はよくわかっていないらしい。なら、ここに置かれた数々の歌碑はなんなんだろう?

国道6号に出ると、いかにも関所っぽい門が。

この風景、なごむー

こちらこそ、紛れも無い現代の関所。

小名浜港一号埠頭に到着。船を防波堤代わりに沈めたという不思議な場所だったので、一度来ておきたかった。
いわき市観光物産センター「いわき・ら・ら・ミュウ」の南側に立つと、なにやら不思議な弧が路面に描かれている。これこそが、沈められた旧帝国海軍駆逐艦・汐風の艦尾付近らしい。
・・・それだけですか?
はい、これだけなのです。

あまりにも・・・なので、高台に登って小名浜港を眺めてみる。随分と種々工事が行われている。写真中央部分には工事進行中の橋脚が見えるが、エクストラドーズド橋構造が採用されることとなった臨港道路とのこと。

その高台下には、ポータル形状が特徴的な小名浜港トンネル。写真の左側(東行き車線)のトンネルは、旧江名鉄道のトンネルを転用拡張したものらしい。

帰路、再び県道10号を走る。なんとなく気になった菊池博実記念高萩炭礦資料館に立ち寄ってみる。

付近の坑口扁額が置かれているのだが、ただ置いただけのようであまりに無防備なので、ちょっと心配してしまう。風化が進んでしまうのではないかと。

さて、次回はあのパラボラを探索しようではないか。


今回の写真を見返してみると、トンネルの写真が4割ぐらいを占めている。そういう方面で魅力的なエリアということだな。

走行距離 : 446.1km
走行時間 : 7時間57分
平均速度 : 56.1km/h
給油総量 : 17.17L
平均燃費 : 26.0km/L


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