其他の円形交差点

勝連内間の馬場跡

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勝連半島東端(平屋敷港)からガーラ橋(饒辺矼:のへんばし)を経由して西進していたら、唐突に道幅が広くなった。突き当たりに中央島らしきものがある。ピンときて緊急停車。

中央島らしき中にあったのは「亞国移住開拓者 吉浜加那翁像」と刻まれた銅像。参考資料によれば1972(昭和47)年1月に建立されたようだ。この広い道路は「馬場通り」と呼ばれていて、戦前まで毎年春にンマハラシーと呼ぶ古式競馬が開催されていたそうだ。その西端に位置する。

しばらく通行状況を眺めてみたところ、東西方向は一方通行として右回りが定着していたが、南北方向は対面通行が定着していた。もっとも、この配置ではロータリー交差点のように完全右回りとするには無理がある。

交差点情報整理

路線市道勝連3-2号線/市道勝連2-8号線/市道勝連2-9号線/市道勝連2-1号線/市道勝連2-5号線/市道勝連3-14号線
所在地沖縄県うるま市勝連平安名 [Google Maps]    [地理院地図]    [Mapion]
完成時期1972(昭和47)年1月?
実走行日2026年04月16日

現調レポート

勝連内間の馬場跡西端にある、吉浜加那翁像の広場を東側から眺める。

南西側から眺める。この左側の道路が対面通行状態だった。これは仕方ない。

1908年から始まったブラジル移民の最初のひとりである、吉浜加那翁像。渡伯時は25歳。翌年にアルゼンチンに移って成功したそうだ。かなり年季が入っており、初見では昭和初期の建立かと思った。

門柱にはシーサーではなくペンギンが鎮座。なんで?

    参考資料

  1. 沖縄県海外協会機関誌『南鵬』『雄飛』の発刊・継続とその内容の考察(5) (2020年11月/琉球大学名誉教授 石川友紀/沖縄地理 第20巻
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