明治末期から遊廓の街として栄えた清川2丁目(当時は新柳町と呼ばれた)にロータリー交差点がある。遊廓がこの地に作られた経緯は他のウェブサイトや書籍に詳しい。
このロータリー交差点がいつ作られたのか、ロータリー交差点の運用になったのはいつ頃か、調べてみたが皆目わからない。
米軍撮影空中写真を比較すると、1956(昭和31)年時点で中央島のようなものが存在する。
参考資料1によれば、「福岡市道路整備アクションプラン2011」の具体的アクションのひとつが清川ロータリー存続是非判断と改修であったが、維持して改修する決定になり、2014年5月に竣工したとのこと。同資料には、2010年のヒアリングで60年くらい前にロータリー交差点が存在していた旨の証言があり、空中写真の比較から読み取れた「1955年頃に中央島が設置されたであろう」ことと整合する。また、ロータリー交差点になる前は井戸があったとの証言もある。
売春防止法の実質的施行(1958年4月)により、その種サービスを提供することができなくなったが、歓楽街としては継続した。そういう時代変化を予測するとともに、井戸を撤去するような抜本的な工事をせずに安全な交差点にする施策としてロータリー交差点が採用されたと推定する。
交差点情報整理
| 路線 | 市道清川172号線(大門通り)/市道清川194号線/市道清川195号線 |
|---|---|
| 所在地 | 福岡県福岡市中央区清川2丁目 [Google Maps] [地理院地図] [Mapion] |
| 完成時期 | 昭和30年頃か? |
| 実走行日 | 2025年12月30日 |
現調レポート
清川ロータリーを北西側から眺める。
北東側から眺める。東西の接続路は一時停止で規制されている。
南東側から。全ての接続路に警戒標識「ロータリーあり(201の2)」が設置されていた。
南西側から。交差点に面する建物が環道に接近しすぎている印象があるもののラウンドアバウトに不適切とは思えない。ただ、前回の改修を決定した時点(2013年頃)はラウンドアバウト法制化の動きがちょうど読めなかった頃に当たり、短期間に何度も改修できないのかも知れない。
意外にも、右回りを誘導するのは路面ペイントだけだ。
中央島のオブジェは何をイメージしたものだろうか。
- 参考資料
- 歴史調査にもとづく地域資源の活用可能性 -福岡市中央区清川ロータリーを事例として- (2015年/福岡大学 石橋知也助教ほか2名)

