京都にちょいとした用事があり、土日に行ってきた。
京都市内の宿を予約しようとしたが、どこも満室。嵯峨野や大原等の行楽観光客であふれているようだ。
やむなく大津市内に宿を確保したが、世間並みに紅葉見物を楽しもう!ということで、往復は峠を目指すことにした。ターゲットは石榑峠(いしぐれとうげ)と八草峠(はっそうとうげ)。どちらも酷道初心者の頃に通った道だ。(いまでも初心者だけど)
まだ通行していなかった伊勢湾岸道を通ることを自分への理由に、東京から湾岸桑名までイッキ走りした後、桑名から国道421号をきちんとトレースする。石榑北(国道306号との交差点)にあるローソンで石榑峠はまだ通行できることを確認して出発。三重県側ブロックまではスムーズにたどり着く。
三重県側ブロックの転回場所にバイクを停めて撮影したが、そのわずか数分間に上下とも行き交う車の多さに驚いた。この季節、こんなに交通量があるのね・・・永源寺の紅葉ってそんなにいいものなのか。
このブロックから峠までの最狂区間約1kmに何があるのか、彼らは知っているのか?
少し不安を覚えつつ、対向車両が数台下ってきたのを確認して、最狂区間へ突入する。最初のほうにあるヘアピンは問題なかったが、中ほどにある怪しげな小屋の地点で、ステップワゴンが離合できずにバックしている。対向車はフーガ。彼らのお遊びに付き合っているヒマはないので、見合いをしている間をすり抜けて峠に到達。
永源寺町が合併により東近江市になり、県境標識も差し替えられている。貼られていた国道標識の下半分が切り取られている。上は県管理で下は市管理の案内標識、国道標識も県管理なので当然と言えば当然か。三重県側も大安町からいなべ市になっていた。
そうこう写真を撮っている間、三重県側からいっこうに車が来ないにも関わらず、滋賀県側から車がドンドン突っ込んでいる。まったく、チャレンジャーと言うより、この先に何が起こるのか想像力の足りない人達だ。対向車両が来ないということは、離合できずに苦しんでいるということではないか。こういう場所にこそ、工事現場に置くような片側通行用信号機が必要なのではないか?まぁ、離合できない苦しさがあるのは石榑峠の楽しみではあるが。
~所用&宿泊~
翌日、湖西まわりで木之本へ向かう。無料開放された湖西道路の料金所跡。
ジパングツーリングのキャンプに参加していたF650MLのメンバーに少しだけ顔を見せておく。木之本の「串団子」を撮影して国道303号旧道トレースを開始する。杉野や金居原という集落に残る旧道を辿った後、2001年4月に開通した八草峠トンネルの脇にある旧道入口から峠を目指す。
ここ2~3週間の通行量は極端に少ないようで、路面に堆積している落ち葉の量がハンパではない。路肩は非常に脆く、崩れかかっている箇所がいくつかあった。特に、現道との分岐から日の裏林道分岐までの数kmは急速に自然へ還りかけている。もちろん、ガードレールなど存在しない。この道も「落ちたら死ぬ」のは確実。それも発見されるのは何年後になるだろうか??
そんな道でなんと!対向車(バイク)が来た!!相手はXRだったが、えらく苦労して離合した後、少し情報交換。災害通行止めになっている峠道を下ってくるなんて、すんげーチャレンジャーな人だな。
腹は減ってくるわ、ほとんど藪漕ぎ状態になるわ、大きな石を踏んでバランスを崩すわ、で泣きそうになりながら峠に到達。峠では車に乗った老夫婦が「この車でいけますかねぇ」と聞いてくる。即座に「ムリです」と答えておく。ここまで生きてきたんだから、闇雲に谷底へ向かうマネをさせることもなかろう。
写真は昭和25年に建立された八草峠碑と昭和45年5月に建立された国道昇格記念碑。
徒道だった旧々道では滋賀県杉野村と岐阜県坂内村の交流がままならないことから、昭和22~25年に両村が峠まで開削した林道が完成したことを記念する碑と国道になったことを記念した碑である。
岐阜県側は1車線だが難なく通行できる快適路線。この付近は、ホハレ峠とか鳥越峠等、楽しそうな道がたくさんある。
岐阜羽島から飯田まで下道、中央道に乗る直前に44,444kmを撮影することができた。

