2025年07月12日訪問 [Google Maps] [地理院地図]
長岡市街地を流れる柿川の最下流、信濃川に合流する直前に架かる市道橋。
1927(昭和2)年完成、橋長18.7mの3径間RC桁橋。道路メンテナンス年報では甲門橋と表記されている。石積の橋脚と橋台、上流と下流両方に構えた大きな水切りが特徴である。
閘門橋の直下に水門があるが、閘門橋架設のずっと後、昭和33年9月の台風21号・22号による洪水を契機に建設された逆流防止水門である。それ以前は閘門橋が水門の役割を担っていたのか?
参考資料1に次の記述がある。
大正3年(1914)9月、長岡治水同盟会が発足した。 (中略) 大河津分水工事も着工されており、13年に竣工した。蔵王口に逆水止めの閘門をもうけ、柿川を改修し、栖吉川と福島江の合流点に水門をもうけるなど、様々の懸案が次々に解決され、水害克服への筋道がしだいに見えてきた。
ところが、閘門橋の橋脚をじっくり眺めても水門の痕跡を見つけられない。以前の水門は閘門橋と現在の水門の間にあったと考えるべきか?
参考資料2には、閘門橋は舟通しに由来すること、2本上流の橋・宝田橋(ほうでんばし)は柿川沿いの石油土蔵に由来すると記述されている。石油を積んだ十石舟規模の船が往来していたのだろう。
閘門というと、前後に2つの水門を持ち船舶通航時に水位を調整する階閘を思い浮かべるが、ここがそのような構造だったとは考えにくい。
閘門橋の上流側に残る添架水道管らしき管とそれにぶら下がる錨状の何か。何だろうね。
なお、閘門橋の左岸側には国土交通省柿川排水機場と長岡市松葉排水ポンプ場がある。
排水機場は農地の湛水防除や河川の洪水対策など広範囲な地域の排水、ポンプ場は下水道施設の一部として都市部の汚水や雨水の排水を目的とするものであるが、機能は同じである。
- 参考資料
- 長岡市史 通史編 下巻(1996年3月/長岡市)
- 信濃川 今昔物語 (長岡生まれのウェブマガジン WebSkip 月刊マイスキップ 2020年12月号 vol.239 4-5面)

