2024年12月28日訪問 [Google Maps] [地理院地図]
琵琶湖疏水(第一疏水)に架かる市道橋。「琵琶湖疏水10号橋」「黒岩橋」とも呼ばれる。
1904(明治37)年完成、橋長12.9mの単径間メラン式RCアーチ橋。一般にはメラン式という言葉は馴染がなく、鉄骨コンクリート造と言うほうがわかりやすいかも知れない。東京・御茶ノ水の聖橋や富山県の神通川に架かる笹津橋はメラン式RCアーチ橋である。400m下流には前年に完成したRC桁橋の日ノ岡第11号橋が架かっている。
この幅員(1.4m)は最初から人道橋として設計されたのだろう。当時すでに自動車はあったがここを渡る必要はなかった、またはそのような活荷重に対応する架橋の要求はなかったと見える。
写真背後のコンクリートブロック製の家屋は登録有形文化財の栗原邸。1929(昭和4)年竣工、京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大学)校長の鶴巻邸として建てられた。同校教授だった本野精吾が設計したコンクリートブロック建築(鎮ブロック造)。本野精吾は1924(大正13)年に立命館大学近くに鎮ブロック造で自邸を建築した。
左岸側橋台に施工業者名「明治三十七年 請負人 大西己之助」、右岸側に技術者名「技師 山田忠三 技手 河野一茂」と刻まれている。両岸ともひび割れとその補修により読み取りにくいのが残念だが、商業ベースで架設されたとわかるのは貴重だ。
技術者の2名は京都市職員で、山田忠三は「田辺朔郎博士六十年史」を著し、河野一茂は琵琶湖第2疏水の工事にも携わった。
- 参考資料
- 明治末期における京都での鉄筋コンクリート橋(土木学会 土木史研究 第20号/2000年5月/山根巌)
- 明治期の都市改造事業における土木官吏の役割についての研究(日本建築学会計画系論文集/2011年76巻662号/中川理)

