港橋(旧橋)・港小橋(兵庫県豊岡市)

2025年5月1日訪問
円山川河口付近で本流から分かれる瀬戸運河(瀬戸川)に架かる橋。
港橋(旧橋)は県道橋、港小橋は市道橋で、わずか80mの間に3本の橋が架けられた背景を知っておきたい。

Before
After
中央のスライダーを左右に動かして比較
左:豊岡市提供「円山川改修測量図(1889~1892年ごろ)(津居山広域)」を加工・改変して作成
右:地理院地図 全国最新写真(シームレス) 2020年3月~5月撮影


円山川はほぼ毎年氾濫してきたが故に流域一帯で改修工事の機運が高まり、明治中期に大規模改修が行われた。(大正以後は国直轄の改修が現在も継続中)
その明治中期の改修工事記録に付された図には、現在の港小橋の位置に架けられた橋が津居山を連絡する唯一の橋であった。1925(大正14)年5月23日に発生した北但馬地震(北但大震災)では津居山で火災が発生し、大半の家屋が焼失した。その復興関連事業として現在の津居山港付近が埋め立てられ1932(昭和7)年に完工した。この事業の一環として港橋(旧橋)が架けられた。

港橋(旧橋) [Google Maps]    [地理院地図]

1928(昭和3)年8月完成、橋長25.5mの3径間RC桁橋。中央径間は下路式で側径間は上路式。
当初は可動橋だったのかも知れないと考えて種々資料を探してみたが、そのような記録は見つけられない。船舶通航を考慮して桁下高を確保すべく、桁厚を薄くできる構造を当初から採用したのだろうか。

高欄の形状を勘案すればもしかすると旧川井橋より早く架けられたRCフィーレンデール橋かも知れないと考えてみたが、この橋を見てきたであろう幾人もの研究者が何も言わないはずがない。

橋脚に支柱を置いた金属製のかんぬきのようなものはなんだろう?
船舶衝突防護用に丸太を差していたと想像するが果たして?

剛性を確保するためのギリギリの幅員が側径間との差に現れているのだろう。
写真右手の大きな高欄が1984年完成の港橋で、これも下路式RC桁橋だ。そちらの供用開始後に旧橋が自転車歩行者専用橋になった。

港小橋 [Google Maps]    [地理院地図]

2000(平成12)年8月完成、橋長16.9mの単径間鋼鈑桁橋。

先述のとおり瀬戸運河に架かる橋としては最も古く、かつては津居山村橋(または津居山橋)と呼ばれたようだ。

先代以前はどんな橋だったのか探せていないが、船舶通航を考慮して太鼓橋を架ける伝統が受け継がれているのだろう。

    参考資料

  1. 港村誌(昭和40年8月/港村誌編集委員会)
  2. 豊岡市史 下巻(昭和62年3月/豊岡市)
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