2025年12月27日訪問 [Google Maps] [地理院地図]
江戸時代に干拓された中道開の調整池水路に架かる市道橋(旧国道橋)。
道路台帳では1968(昭和43)年完成とされているが、筆者は1910(明治43)年完成と見る。橋長2.3mの単径間石造桁橋。
昭和になって道路が拡幅されたようで反対側(調整池側)はRC桁橋だ。1953(昭和28)年に二級国道207号に指定され、昭和50年頃まではこの経路だったので、交通量増大に対応すべく拡幅されたのだろう。
桁下を覗き込むと、およそ15本の石桁が並んでいた。自動車または荷馬車が通行する前提だったと考えられる。参考資料1によれば、この付近にいくつかの石切場があり、安山岩や玄武岩が帆崎石や小長井石として出荷されていたとのことで、この桁もその石材が使われたと見てよさそうだ。
親柱には「■■四十三年」「中通橋」と刻まれているように見える。付近の小字名は昔から「中道」だったが「中通」とも表記したのだろうか。
注目すべきは■■で、判読が難しい。私は「明治」と読んだが道路台帳は「昭和」と読んだのだろうか、それとも拡幅施工されたのが昭和43年だろうか。反対側のコンクリート桁はその品質から考えて昭和中期の施工だろうから、石橋が昭和43年というのは釈然としない。明治33年測図の地図によれば当時のこの道路は県道(府県道諫早鹿島線)だったと考えられ、幅員4m程度の石橋が架けられたことに違和感はなく、1910(明治43)年完成と見る。
