2024年11月3日訪問
土岐川(庄内川)支流の辛沢川の支流、観音寺川に架かる橋。
極楽橋 [Google Maps] [地理院地図]
完成時期不明、橋長3.7mのPC床版橋。
たまたまストリートビューで石橋のような橋を見つけたけれど、違和感を覚えた。橋種を確認すべく現地を訪問した。
違和感の元はこの親柱だ。大正13年にしては「三代 齋藤正助」が新しすぎる。
横から見ても石橋の雰囲気なし。
桁下を覗いてみたら。残念、PC床版だった。
かつて架けられていた石橋(1924年3月架設)を偲び、その桁材を薄く切って橋面に転用する形で後年に架け替えたのだろう。そして、親柱のひとつのみ作り直したと見える。
不動橋 [Google Maps] [地理院地図]
1932(昭和7)年11月完成、橋長4mの石造桁橋。
1トンの重量制限があるということは、こちらは石橋で確定だろう。写真の左奥、上流側左岸の親柱が折れてしまっている。車で接触してしまったのだろうか。
上流側の桁側面に刻まれている文字は「昭和七年十二月齋藤米次郎創設」と。ところが。
親柱に記された完成年月は昭和七年十一月。どちらが正しいのだろう?
上流側に6本の石桁、途中に後年施工されたと見られる鉄筋コンクリートまたはプレストレストコンクリートの桁、1本の石桁という構成になっている。つまり、不動橋架設当初の幅員は1尺✕7本=2.1m前後だったのだろう。
両橋に共通する齋藤家に鍵があると見て、多治見市(旧池田町)の情報を探ってみた。
- 齋藤正助
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- 1860(萬延元)年11月池田村生まれ
- 株式会社多治見銀行取締役、合名会社齋藤組代表社員
- 高額納税者で岐阜県貴族院互選資格者(議員にはならず)
- 長男東九郎の長男(正助の孫)昇一は1913(大正2)年7月生
- 妹が齋藤米次郎に嫁ぐ
- 1932(昭和7)年4月3日逝去、長男東九郎が二代目正助に改名
- 齋藤米次郎
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- 1868(明治元)年12月池田村生まれ
- 1931(昭和6)年1月、名古屋にて貸金業不動産業加久佐殖産合名会社設立
- 齋藤正助と齋藤米次郎は近縁ではないが、同村内なので縁戚関係と見るべき。正助の妹が嫁いだので義兄弟になった。
- 齋藤正助は64歳のときに極楽橋を架けた。
- 「三代 齋藤正助」はおそらく正助の孫・昇一で、極楽橋架け替えに尽力した可能性がある。
- 不動橋は正助が亡くなった年の暮れ近くに架けられた。加久佐殖産設立で一財を築いた米次郎の故郷への恩返しか?
つまり、

