旧祓川橋(福島県福島市)

2024年10月14日訪問 [Google Maps]    [地理院地図]
信夫山公園駒山広場に保存されている橋。
1774(安永3)年完成、1970(昭和45)年7月移設復元、橋長8.5m幅員3.4m、径間5.5m拱矢2.0mの単径間石造アーチ橋。
架設時期については、1790(寛政2)年、1803(享和3)年、1885(明治18)年等諸説あり。

移設前は東200mの位置 [Google Maps]    [地理院地図] にあり、その北詰に1803(享和3)年に建立された祓川石橋供養塔が残る。橋供養が立つということは一度崩れたのではないかと想像するが、裏付ける資料はない。

要石に鶴(おそらく下流側)と亀が彫られている。輪石は一重、壁石は扇形石積み、高欄あり。

積み方の特徴から鹿児島の石工(またはそれに師事した石工)が関与した可能性が高い。18世紀は鹿児島式石橋の成立過程にあるとともに、18世紀の福島には高遠石工が入っていたとのことだが高遠石工と鹿児島石工では時代が合わないことから、安永の時代に架設されたものとは姿が異なるのではないだろうか。

てな程度でいいから、一瞥してサラリと言えるようになりたい。

1885(明治18)年架設説を補強するものとして、参考資料の以下の記述に留意したい。

明治18年に建設された二代目の信夫橋は、13連の眼鏡型石橋で、橋脚には、長寿を祝う縁起ものとしての「鶴」と「亀」が下流側(東側)と上流側(西側)にそれぞれ彫刻されていました。しかし、東北を代表し、山口県の錦帯橋と並ぶ名橋とうたわれたこの橋も、わずか6年後に洪水で流失してしまいました。「鶴」はどこかにいってしまったそうですが、「亀」の方は発見され、現在も市内に住む人の自宅の庭に保存され、「13めがね橋」の愛称とともにその歴史が語り継がれています。

福島市指定有形文化財(建造物)
2022年度土木学会選奨土木遺産

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