道草橋(東京都世田谷区)

2024年6月1日訪問 [Google Maps]    [地理院地図]
目黒川水系烏山川の支流に架かっていた橋。
1960(昭和35)年2月完成、橋長9mの単径間RC桁橋(か床版橋)。現在はいわゆる「暗橋」になっていると見られる。正確には、カルバート化によって橋としての機能はなくなって親柱だけが残されている状態だろう。上の写真の矢印の先にある角柱の石が左岸上流側の親柱だ。

昭和35年と言えば世田谷区と言えど既に大都会である。当然先代の架け替えとみて文献を調査したが、所詮は「その他大勢」の橋らしく、記録は発見できていない。
ともあれ、橋のネーミングや橋名板のユルい字は長閑な時代を連想させる貴重な遺構だろう。

国土地理院の空中写真やオンライン閲覧サービスで過去地図を確認したところ、写真の親柱の位置から10m北の位置に1894(明治27)年時点で架橋されていたこと、1960年の架け替えは環状8号に接続する区道整備に伴うものであろうこと、そして1980年代後半にはこの橋から下流が暗渠化されて橋としての機能を終了していたこと等が読み取れた。

先代は木橋だったと考える。1927(昭和2)年8月に決定の大東京都市計画道路網図、1946(昭和21)年の東京戦災復興都市計画、いずれにも環状8号に相当する道路が描かれているので、これら以後にコンクリート橋を架ける判断はできなかったはずだ。

ここから上流(北側)80m(都営八幡山団地南西端)は開渠とも水無川とも表現しにくい区間が現存しており、解説板はなくとも「川だったんだな」と想像できる。また、上流360m(ルネ烏山建物南端とENEOSシンエネ八幡山SS敷地南端の間 [Google Maps]    [地理院地図] )には、外観からは橋の存在を確認しにくいが「環八10号橋」(1970年架設、橋長8.2m幅員24.8m、東京都第二建設事務所管理)が現存している。

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