2025年4月5日訪問 [Google Maps] [地理院地図]
富士川水系南川(みながわ)に架かる自家用橋。
完成時期不明、橋長約7.2mの2径間木造桁橋。橋を渡った先には公民館だけがある。つまり、この橋は集落の共有財産だろう。
江戸時代、徳川家康の命を受けた角倉了以が富士川を開削した。これにより信州・駿州往還の交わる鰍沢は舟運の要衝として発展、主な積み荷は米(下り)と塩などの海産物(上り)で、鰍沢で陸揚げされた塩は広範囲に運ばれたという。入町は船着き場近くの集落だったので舟運関係者が多かったと考えられる。昭和3年、身延鉄道(現在のJR身延線)の全線開通により富士川舟運は終焉を迎えた。
いつ頃架けられたか、昔から屋根付橋だったか、近所の人に尋ねたかったのだが、あいにく誰も歩いていない。橋上の梁に橋改修工事費の奉納札が掛けられており、そこには鰍沢地内にある柳澤建設の社長と思われる名が記されている。就任期間から考えて改修工事は平成前半に行われた可能性が高い。
切妻屋根ながら堂々とした風格。そして凍結防止剤の置き場としては最適だ。
桁下に潜ってみると完全なる木橋構造。添架されているパイプは桁の外側が水道管で内側は下水管だろうか。
橋上の照明はなんと東芝製の1灯2差ソケットにタングステンの白熱球。長持ちですな。
鬼瓦の「開」はどんな意味があるのだろうか。左三つ巴の紋も気になる。

