しいの木橋(千里D-E歩道橋)

日本最初の大規模ニュータウンである千里ニュータウンは1958(昭和33)年に大阪府が開発を決定、1961(昭和36)年に起工式、1962(昭和37)年9月にC住区(佐竹台)で入居が始まった。E住区(竹見台)・D住区(桃山

道道きたひろしま総合運動公園線の環状交差点

JR千歳線北広島駅の北西に北海道ボールパークFビレッジが開業することに伴って整備されたアクセス道路と既存市道の三叉路にラウンドアバウトが採用された。 当然、時間あたり通行車両台数を見積もってラウンドアバウトに適していると

酒田・広野下通ラウンドアバウト

県道357号浜中余目線は国道7号と交差した東側でクランク状の線形だったが、国道7号の4車線化事業に伴い交差点を集約することになった。これまで県道と市道の三叉路だったが、国道と県道の交差点集約により県道と市道の交差点が十字

下市田交差点(明神橋西詰交差点)

JR飯田線下市田駅の東800m付近にリニア中央新幹線建設工事に伴うガイドウェイ製作・保管ヤードを設けることになり、それによる周辺交通事情の悪化防止を意図したものか、天竜川に架かる県道橋・明神橋西詰の5枝交差点をラウンドア

山元町道 頭無西牛橋線のラウンドアバウト群

2011年3月に発生した東日本大震災に伴う津波により、宮城県山元町では町域の37%に浸水被害があった。 海岸の防潮堤整備はもとより、壊滅的被害を受けたJR常磐線の線路付替えや今後の津波被害軽減のために南北方向の県道嵩上げ