広島市街地に螺旋階段歩道橋が5基設置されている。1967(昭和42)から1971(昭和46)年にかけて毎年1基建設されたが、その成り立ちが類似している可能性が高く、まとめてレポートする。
広島旧市街に建設された螺旋階段歩道橋群の配置
おそらく狙ったものではなく、戦災復興土地区画整理が一段落した頃に自動車交通の爆発的増大があって、用地確保が困難な事情でやむにやまれず螺旋階段で凌いだ、というのが真相であろう。
しかし、配置を眺めると何やら平和的陰謀(←なんじゃそりゃ)を感じられなくはない。横断歩道橋の位置を地図上にプロットすると一目瞭然、五芒星を連想する。陰陽道で五芒星は魔除けの呪符として用いられてきた。陰陽五行説の「木・火・土・金・水」の5つの要素を表し、各々の角がそれに対応するとされている。
意図したものではないにせよ、やむにやまれず螺旋階段で架けた横断歩道橋の配置が五芒星になっているのは交通安全を願う深層心理に違いない。(ということにしておく)
誰だ?逆五芒星になっている、なんて言う人は。広島の基準方位は北ではないぞ。市民の心の拠り所であるスタジアム広島を向けば袋町横断歩道橋が上の五芒星になるじゃないか。
神崎陸橋(神崎横断歩道橋)
広島の中心部を流れる太田川とその分流である天満川に挟まれた三角州にある街、舟入。その付近を校区とする神崎小学校近くの国道2号(新広島バイパス)に架かる横断歩道橋の両端昇降階段がループしている。
新広島バイパスの建設は戦後すぐから構想されていたようで、舟入本町西側の新観音橋は1962(昭和37)年架設、東側の新住吉橋は1965(昭和40)年架設である。建設当初から現在の幅員約30m(上下6~7車線)が予定されていたものの、歩行者の安全対策は後手に回ったようだ。横断歩道橋という概念が1962年頃から一般的になったものの、既存建物が密集する地域では歩道橋用地を捻出できない問題があった。
その歩道橋用地を最小限にする方策が螺旋階段歩道橋である。1966年までに国内で数基架設され、手法・工法が確立したであろう1967年には10基以上が架設された。神崎陸橋はそのひとつである。
なお、西広島バイパスの市街部への延伸がかねてより計画されており、舟入入口と神崎陸橋(神崎横断歩道橋)が干渉するため歩道橋を80m東へ移設することが見込まれている。移設とは言いつつも現実には架け替えであり、新しい神崎陸橋(神崎横断歩道橋)は螺旋階段ではない可能性が高い。
| 路線 | 国道2号 |
|---|---|
| 所在地 | 広島県広島市中区舟入中町 |
| 回転度 | 540度(1.5回転) |
| 完成時期 | 1967(昭和42)年11月 |
| 実走行日 | 2025年04月29日 |
神崎陸橋(神崎横断歩道橋)を南側から眺める。
北側から見る。上下6~7車線を中間の橋脚なしで跨ぐのはこれが国内初。
北側昇降階段を眺める。橋脚は主桁と昇降階段それぞれに設けられている。昇降階段用橋脚の頂部は中国地方に多い鍋型。
正確には神﨑陸橋なのか。だが、道路台帳に記された名称は神崎横断歩道橋だ。
観音第2歩道橋
観音小学校西門前の空港通りに架かる横断歩道橋の西側昇降階段がループしている。
戦災復興土地区画整理(西部復興第ニ工区)の一環として行われた福島川(川沿川や川添川とも)から太田川放水路への付け替え工事とともに拡幅整備された空港通りであるが、想像を超える交通量増大により横断歩道橋を架けることになったものの、古くからの住宅街だったために用地取得に難渋したと見える。
現在は歩道橋の西側にマンションが建っているが、その駐車場と歩道橋の螺旋階段が支障するものの如何ともし難いようだ。
| 路線 | 市道西2区駅前観音線(空港通り) |
|---|---|
| 所在地 | 広島県広島市西区観音本町2丁目 |
| 回転度 | 540度(1.5回転) |
| 完成時期 | 1971(昭和46)年03月 |
| 実走行日 | 2025年04月29日 |
観音第2歩道橋上から西側の螺旋階段を見る。空港通りは中央分離帯の植栽樹勢が著しく、全景を写真に入れることは難しい。
路上から西側の螺旋階段を見る。主桁と昇降階段それぞれに橋脚がある。昇降階段橋脚の頂部は鍋型。その向こうに隣接マンションの駐車場があり、出入りする自動車は歩道を走行せざるを得ない。当然、事前に警察や市役所と調整・協議したと思うが、よくOKが出たな。

天満歩道橋
天満小学校近く、空港通りにつながる中広通りに架かる横断歩道橋の両端昇降階段がループしている。
中広通りは戦災復興土地区画整理(西部復興第一工区)で新設されたが、観音第2歩道橋と同様に予想を遥かに超える交通量増大により横断歩道橋を架けることになったものの、既に住宅や店舗が建ち並んでいたために用地取得が困難だったのだろう。
両側に設けられた螺旋階段の回転方向が同じ、珍品の歩道橋である。
| 路線 | 市道西1区駅前観音線(中広通り) |
|---|---|
| 所在地 | 広島県広島市西区天満町 |
| 回転度 | 540度(1.5回転) |
| 完成時期 | 1970(昭和45)年03月 |
| 実走行日 | 2025年04月29日 |
天満歩道橋全景。両側螺旋階段の回転方向が同じというのは珍しい。
東側昇降階段。昇降階段橋脚頂部は鍋型。
西側昇降階段。橋脚は主桁と昇降階段それぞれに設けられている。

本川横断歩道橋
本川小学校近くの国道183号(相生通り)に架かる横断歩道橋の両端昇降階段がループしている。すぐそばに本川町電停があるプラットホームを連絡するものではなく、相生通りを一気に跨ぐだけの構造である。
相生通りは戦前から広島市内の幹線道路だったこともあり、付近は戦後かなり早い時期に住宅・店舗が建てられたようだ。
なお、本川小学校(本川国民学校)は爆心地から410mの至近距離にも関わらず倒壊を免れた旧校舎(昭和3年築)が平和資料館として整備・保存されている。
| 路線 | 国道183号(相生通り) |
|---|---|
| 所在地 | 広島県広島市中区本川町2丁目 |
| 回転度 | 540度(1.5回転) |
| 完成時期 | 1968(昭和43)年03月 |
| 実走行日 | 2025年04月29日 |
本川横断歩道橋全景。街路樹がなくすっきりした通りを豪快に跨ぎ、下を市電が走行する。
北側昇降階段。他の歩道橋と同様に、主桁と昇降階段それぞれに橋脚がある。

袋町横断歩道橋
袋町小学校近く、古くから広島のビジネス街として栄える鯉城通りに架かる横断歩道橋の両端がループしている。
現在も広島市役所・広島中央郵便局・中国電力本社・NHK広島放送局・広島銀行本店・広島そごう・広島県庁・広島市民病院等が並び、歩道橋のすぐそばには被爆建物として知られる日本銀行旧広島支店がある。
架設当時からビジネス街だったのでコの字歩道橋でも周辺店舗への支障はなかったと想像するが、如何なる事情で螺旋階段が採用されたのだろう?冒頭に掲げた「平和的陰謀」を連想したきっかけである。
| 路線 | 国道54号(鯉城通り) |
|---|---|
| 所在地 | 広島県広島市中区袋町/大手町2丁目 |
| 回転度 | 540度(1.5回転)✕2 |
| 完成時期 | 1969(昭和44)年02月 |
| 実走行日 | 2025年04月29日 |
袋町横断歩道橋全景。本川横断歩道橋に似て、低木の街路樹ですっきりした通りを市電軌道もろとも一気に跨ぐ。
西側昇降階段。見事なほどに共通設計だ。

被爆建物で知られる日本銀行旧広島支店。広島市重要有形文化財。

