江の浦大橋


(初回記事公開:2004年8月21日 記事大幅書換:2019年11月24日)
長島港の江ノ浦に架けられた橋。橋長367.5m。赤い橋桁が遠くからよく目立つ。帰港する漁船にはいいランドマークになっているだろう。

1971(昭和46)年の橋梁竣工当時は海上でのの字を描いていた。当時の回転度は300度。江ノ浦対岸(南側)の中ノ島や、2kmほど南西にある海野浦漁港と漁業において補完関係にあるため、大量・重量輸送に耐える道路の確保が当時の重要課題だったことがうかがえる。国道42号新道付け替えに伴う県道516号長島港線の再認定は1970(昭和45)年10月30日(三重県告示第769号)、県道581号長島港古里線の認定は1972(昭和47)年12月1日(三重県告示第697号)・同供用開始は1973(昭和48)年11月27日(三重県告示第690号)であり、1971(昭和46)年12月開通の長島港臨港道路と一体整備した模様。(県議会議事録を探ってみたが、明快な発言は見つけられていない)

橋の南詰には完成を記念する「α」のモニュメントが置かれ、紀伊長島では大いに注目された橋であろう。

その後1980(昭和55)年から埋立が開始され、橋桁の一部付け替えを経て、1985(昭和60)年に現在の回転度360度になった。数多のループ橋・ループトンネルを見てきたが、竣工後に回転度が変化したものは極めて珍しい。そんな経緯だからなのか、橋の北側親柱には橋名板に類するものが見当たらない。

港頭地区埋立地には県漁連や魚市場等漁業関連施設が置かれていて、これだけ広いスペースがあるんだからわざわざループしなくても、と思えるが、上述の経緯によりループをやめるわけにはいかなかったのかも知れない。

湾奥には旧来から架けられていた江の浦橋(江の浦大橋の開通により、歩行者と二輪車専用になった)があるので歩行者が江の浦大橋を利用することは少なそうだが、江の浦大橋にはゴミ投げ捨て防止と思われる金網がかなり高い位置まで張られている。
※現在の3代目江の浦橋は1992(平成5)年7月完成、橋長85.5mの単純鈑桁橋で、主径間の桁が15m上昇する昇開橋である。先代は1954(昭和29)年に完成した跳開橋。

完成後50年が経過した江の浦大橋、架け替えは近いかも知れない。架け替えとなるとループさせる理由が最早ないので、今の姿を堪能したい。

構造連続箱桁橋
路線三重県臨港道路
所在地三重県北牟婁郡紀伊長島町長島
回転度360度
完成時期1971(昭和46)年
実走行日2004-08-21
全景写真
(2004年8月21日初訪) 江の浦大橋全景拡大する
江の浦大橋全景。赤い橋桁が遠くからよく目立つ。
達筆の橋名板。長島港を跨いでいることを示している。ここは地方港湾長島港であり、紀伊長島港でも長島漁港でもない。
橋名板の道路反対側に置かれた橋名由来の碑。

(2018年11月25日再訪) 江の浦大橋空撮拡大する
江の浦大橋を俯瞰する。1985(昭和60)年以前は、この写真の9時方向から12時方向へまっすぐに桁が延びていたそうだ。
江の浦大橋と江の浦橋拡大する
江の浦大橋と江の浦橋。天草瀬戸大橋にも似た、端浦のいい風景だ。(天草瀬戸大橋よりも江の浦大橋のほうが先に完成したし、長島は端浦じゃねえ!本浦だ!と叱られるかも知れないが)
江の浦大橋南詰のモニュメント。完成当初はまさにこの形状だったのだ。
こちらは湾奥にある昇開橋の江の浦橋。

江の浦大橋 ビフォー・アフター

Before
After

左:1975(昭和50)年11月29日国土地理院空中写真。江の浦大橋完成から4年後、臨港道路は海上でループし、県道516号長島港線起点方向へまっすぐ延びている。
右:1985(昭和60)年05月04日国土地理院空中写真。第Ⅰ期の埋め立てが終わり、江の浦大橋の桁付け替えが完了している。