砂越跨線橋


(2006年9月16日初訪)
庄内平野の真ん中、羽越本線が最上川を渡る、その少し北側に位置する鉄道を跨ぐ橋。

この橋の老朽化が著しく、また、ループしているがゆえに渋滞の原因となっているので、改修や建替えではなく数百m離れた場所に新しく県道40号を付け替えることが決定しており、のの字が見られなくなるかも知れない心配があった。

付け替えが予定されている橋だからか、あまり手入れされていない印象である。


2012年5月18日追記
2005年11月に酒田市と合併する前、ここは平田町であった。その平田町史に砂越跨線橋架設時期や県道40号経路変遷の記述があったので引用する。

●砂越~飛鳥バイパス
町の主幹道路である酒田松山線砂越~飛鳥バイパス約二〇〇〇mが一九六〇(昭和三十五)年度に全通し、路線は一九六四(昭和三十九)年度において主要地方道に昇格し、また一九六〇(昭和三十五)年度以来施行中の舗装工事も一九六五(昭和四十)年度に酒田市境界より飛鳥神社までの間が全部連続完成した(昭和四十年度策定「町建設計画」より)。

県道酒田―松山線砂越踏切除却跨線橋と砂越駅構内にかけられた人道橋が、約三ヵ年にわたる年月と約一億四九〇〇万円の巨額の費用で、一九六五(昭和四十)年七月二十七日完成。県知事をはじめ県関係者、選出県会議員、国鉄関係、工事関係者等多数の来賓の参列のもと橋の渡り始めと式典を挙行された。

これだけではよくわからないので、経路を書き起こしてみた。


紫が1960年以前の県道40号
緑が1960年に開通した砂越~飛鳥バイパス
橙が1965年に架設された羽越本線の踏切を除却するための砂越跨線橋
赤紫色が2004年6月4日に開通した砂越バイパス・2011年3月26日に開通した飛鳥バイパス(現道)
である。

こうして眺めてみると、砂越跨線橋は工事範囲(=工期)と日常の通行車両への影響を最小限にするよう工夫した位置に設けられていることがわかる。ループ橋にしたのもその理由だろう。


2017年10月15日追記(2017年10月9日再訪)
11年ぶりの訪問となったが、殆ど変わらない風景に逆に驚いた。県道40号から県道205号に変わったけれどバス路線であることに変わりなく、(私が勝手に)心配した橋梁廃止はまだまだ先のことのようだ。今回、あらためて土工部も橋梁部も隈なく橋名板・橋歴板を探してみたのだが、やはり見つからず。台座さえなかったので、設計されなかったということか。

ループの中央を最上川下流右岸地区・大町溝国営南幹線用水路が通る。水路の原型は1943年以前には作られていたようだが、具体的な工事時期は未調査。

路線県道205号砂越停車場山楯線(取材当時:県道40号酒田松山線)
所在地山形県酒田市砂越上川原
回転度265度
完成時期1965(昭和40)年7月27日
実走行日2006-09-16
全景写真
(2006年9月16日初訪) 砂越跨線橋を下から眺める。とてもシンプルな構造だ。
砂越跨線橋全景(2006年)拡大する
砂越跨線橋全景

(2017年10月9日再訪) 砂越跨線橋全景(2017年)拡大する
砂越跨線橋全景。景色がまるで変わっておらず、1枚上の写真から11年経っているとは信じがたい。この間、高欄の再塗装も行われていないようだ。
砂越跨線橋空撮拡大する
砂越跨線橋空撮。ループの中央半分は1990年代前半にビオトープのようなものに整備されたらしいが、機能しているようには見えない。写真中央を右から左へ(東から西へ)貫いている水路は最上川下流右岸地区・大町溝国営南幹線用水路だ。JR線路敷の右、右下へ延びる道路は県道40号の旧々道(1960年以前の経路)である。
ループの中央から大町溝国営南幹線用水路の下流を眺める。写真の右半分の水路が用水路、左半分は排水路である。
ループの中央から大町溝国営南幹線用水路の上流を眺める。ループ道を構成する県道205号とJR羽越本線をくぐっている。