円筒分水

伊崎井堰円形分水(桜橋円筒分水工)

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北九州モノレール徳力嵐山口駅近く、紫川に架かる国道322号の桜橋北詰にある円筒分水工(九州だから円形分水と言うべきか)。

伊崎井堰は1924(大正13)年8月に完成した農業用水頭首工である。堰自体は古くから存在し、紫川右岸の徳力/南方/守恒/北方(現在の徳力3丁目5丁目付近/南方・徳力団地全域/徳力新町/北方3丁目付近)へ配水していたが、効率的な取水を狙って2つの堰を統合したとのこと。しかし1949(昭和24)年6月デラ台風及び8月ジュディス台風により全壊、1951(昭和26)年9月に復旧工事が完了した。おそらくその際にこの円形分水が整備されたと見る。

紫川右岸、伊崎井堰の横に「堰堤合併之塚」「大正十三年八月」と記されたような石碑がある。風化してほとんど読めないが、そこに上堰と下堰の合併経緯または配水条件が刻まれているのだろう。

江戸時代から続く慣行水利権のためか記録がほとんどなく、用水名や管理者等は不明。そもそも付近に土地改良区や水利組合が存在しないようで、調査は行き詰まった。

都市部に残る貴重な農業遺産だが、受益者が極めて少なくなった現代ではこの円形分水が更新されることはないだろう。

円筒分水工の情報整理

管理者(調査中)
所在地福岡県北九州市小倉南区徳力6丁目 [Google Maps]    [地理院地図]    [Mapion]
完成時期1951(昭和26)年頃か?
訪問日2025年12月29日

現地調査レポート

桜橋は上下線が分離されており、その中央分離帯に相当する場所にコンクリート構造物がある。存在を知らなかったが、通過した際にビビッと来て引き返した。円形分水は元々の国道(上り線:写真手前側の車線)に隣接して建設されたが、その後の国道拡幅の際に円形分水を移動できないため上下線を分離せざるを得なかったのだろう。

12月なので当然導水していないが、現役のように見える。3つの水路に配水する。

分水比率と水路の位置関係を調整した挙げ句の苦肉の策か、それとも基本設計後に分水比率の変更があったか。さすがにその経緯は調べきれなかった。

紫川左岸から見る伊崎井堰。右端の石積は2017年から実験的に整備されている魚道。ほぼ自然石を活用した石組み魚道だ。

国土地理院空中写真で変遷を比較

1948(昭和23)年04月 何かの構造物はあるが、円形分水ではないように見える。
1961(昭和36)年08月 円形分水の存在を確認できる。
1975(昭和50)年03月 桜橋の下り線が架設されたばかりで未供用の状態。周辺にはまだ農地がある。
2023(令和05)年06月 現代。周辺の農地は住宅等に変わった。
    参考資料

  1. 小倉市誌 続編(1940年12月/小倉市役所)
  2. 東谷まちづくりだより223号(2024年6月15日/東谷地区まちづくり協議会)
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