房総半島プチツーリングの途中、信号待ちでツーリングマップルを眺めていて気付いたのの字。同行者がいたので単独行動するわけにいかず、ソロツーの機会を待っていた。ただし、どの地図を見ても、のの字部分へのアプローチの道がなかったり点線になっていたりして、すごく危険な香りがする。
千葉県東京湾栽培漁業センターの脇にバイクを停める。磯根崎がよく見える砂浜である。ケータイでGoogle Mapsを表示し、のの字へ近づくため砂浜を歩き出す。この砂浜にバイクを乗り入れるのは自殺行為、「スタック友の会」入会は確実である。
Google Mapsに従って歩いてゆくと、轍らしきものがある。過去に自動車が通っていた証だろうが、最近は通行していない印象が強い。何が出るか、ドキドキしながら歩いてゆくと、コンクリート製のカルバートが見えてくる。これだ。うーん、房総というだけで素掘りのトンネルを期待していたのだが…
ぐるりと歩いて登ってゆく。意外と大きな規模ののの字だ。道幅はたっぷり2車線である。ガードレールも設置されている。設置者が誰なのか、橋の名前は何なのか、銘板等を探すがどこにも見つからない。道として完成していないからなのか。なんでこんな中途半端な状態で放置されているのか。思うに、たぶん砂浜が私有地なのだろう。近所を散歩している人に尋ねたが、のの字の存在自体を知らないようだ。このまま忘れられていく道なんだろうか。
| 路線 | 市道? |
|---|---|
| 所在地 | 千葉県富津市小久保 |
| 回転度 | 270度 |
| 完成時期 | 1971(昭和46)年頃 |
| 実走行日 | 2006年03月04日 |
バイクを停めて砂浜へ。
バイクを置いたほうを振り返る。建物は東京湾栽培漁業センター。
こんな轍が林の中へ続く。
これがのの字のカルバート部。
のの字途中から下を見る。
轍は残っているものの自動車は永らく通っていない。
のの字交差部の上。こんな調子で磯根崎の裏手へつながっているようだ。
磯根崎全景。
(2012年8月15日追記)
富津市は1971(昭和46)年4月に富津町・大佐和町・天羽町が合併して富津町に、同年9月に市制施行で富津市になった経緯がある。その合併前後の情報を追いかけてみると、
富津町・大佐和町・天羽町合併協議会だより 第1号(1971(昭和46)年2月15日)に「大坪山観光道路」なる計画線が引かれている。
広報ふっつ 第12号(1973(昭和48)年4月1日)には、大佐和地区の建設事業として「大坪山観光道路新設」事業費64.4百万円とされている。
となっている。1973年までは景気のいい話が市広報誌を飾り、やる気満々だった様子が覗える。
また、国土地理院の国土変遷アーカイブ空中写真では、1968年04月には森だったところが1971年10月時点でループは完成(ただし未舗装)、その南方に断片的に道路が開鑿されていることがわかる。
つまり、南北両側から建設を進めていた観光道路が1973年頃に何らかの事情で工事中断したということだろう。おそらくは1973年10月の第1次オイルショックで工事中断・計画凍結、1978年01月の第2次オイルショックで計画の廃止に至ったのであろうことは容易に想像できる。(日本全国そんなことだらけだった)
斯くして未成ループの出来上がり、と。
(追記ここまで)

