八代海に浮かぶ樋島は、昭和47年まで離島であった。対岸の天草上島・高戸港との間の900mを渡船が頻繁に往来していたが、小規模船であり、荒天時には欠航することが多かったという。島内にあった樋島中学校は1962(昭和37)年に他1校とともに天草上島本島の龍ヶ岳中学校へ統合されたことにより、樋島の中学生はその渡船を使って通学するようになったことを理由に樋島大橋(ひのしまおおはし)が架橋されたらしい。
離島架橋としては珍しく交互通行で信号制御されている。もちろん利用数調査等も踏まえた判断だと思うが、建設費をできるだけ抑える工夫として道路幅員を1車線前提にしたのだろう。道路橋だと仕様にさまざまな制約があるためか、県営農免道路として建設された。樋島側には土地の余裕なく、用地を最小限にする工夫として取付部をループにしたうえで山を削って道路用地を確保した。
ループ部が樋島1号橋、海上部が樋島2号橋で、この2基を総称して樋島大橋と呼ぶそうだ。
1号橋の概要 : 1971(昭和46)年10月完成 橋長100m
2号橋の概要 : 1972(昭和47)年09月完成 橋長187m 支間長171m 単径間2ヒンジ鋼トラス補剛吊橋 幅員4.5m 桁下9.0m 可航幅30m
桁下高から推定すると、20トンクラスの漁船通航を想定していると考えられる。
途中に分岐があって「のの字な道」の定義から少し外れているように見えるが、分岐する道路2本ともが元来た道をくぐっているから堂々のの字な道だ。見ようによっては関門橋(樋島大橋の翌年に完成)やレインボーブリッジ(取付道路はループを描く吊橋)のミニチュア版と言えるかも知れない。上部工を受注した瀧上工業(在名古屋)は、樋島大橋の施工で得た知見を北備讃瀬戸大橋の施工に活用したとのこと。
| 路線 | 市道坊主島下桶川線 |
|---|---|
| 所在地 | 熊本県上天草市龍ヶ岳町樋島 |
| 回転度 | 260度 |
| 完成時期 | 1972(昭和47)年09月 供用開始 |
| 実走行日 | 2016年05月04日 |
樋島大橋全景。撮影時刻(午前8時)が中途半端だったか。逆光でどうにもならん。
坊主島側から眺める。樋島大橋の幅員は4.5mと狭隘であり、信号による交互通行制御が行われている。
坊主島から眺める樋島大橋。正面の崖から化石が大量に発掘されたそうだ。
樋島大橋東詰を東側から眺める。交互通行制御の信号がある。ループの中央には関東在住者にはなじみのないブランド・三菱商事石油のスタンド。
樋島大橋東詰を南側から眺める。交互通行制御の信号はここにも設置されている。
樋島側から見る樋島2号橋。
樋島2号橋の橋名板と樋島1号橋の橋歴板。2号橋西詰に設置されている橋名碑は天草下島出身の衆議院議員・元厚生大臣の園田直氏による揮毫。
当時の町長による島民へのメッセージ。そういう世相だったのか、或いは政治の力学か。現代の感覚では恩着せがましいと言われかねない。
- 参考資料
- 天草建設文化史(1978年5月/天草地区建設業協会)
- 滝上工業五十年史(1987年10月/滝上工業株式会社)

