赤塚揚水機場分水工


1977(昭和52)年、広通江(ひろどおりえ)改修により移設された用水路に設置された円筒分水工。その後の用水整備で取水地が変更となり、現在は稼働しておらず撤去が予定されているとのこと。

隣接地にある赤塚揚水機場は、国営西蒲原排水農業水利事業付帯の県営かんがい排水事業新川地区(水管理改良施設赤塚地区)として、1984~1987年頃に設置されている。

この周辺(西蒲原地域)は信濃川が氾濫を繰り返し形成された低湿地で、3年1作とも呼ばれた水害常襲地域。江戸享保の時代に大河津分水(信濃川放水路)を請願以来、300年にわたる排水改良の歴史がある。地域内には多くの潟や沼があったが、さまざまな排水改良と土地改良により干拓や乾田化と区画整理が進んだそうだ。

円筒分水で公平な分水を行わなければならなかった理由を探るべく西蒲原土地改良区関連の文献を調査したが、とにかく排水が至上命題の地域(しかも広い)であり、用水についてはほとんど情報を得られていない。

管理者西蒲原土地改良区
所在地新潟県新潟市西区赤塚
訪問日2015-10-25
全景写真
佐潟の排水路である荒江(あらいど)横に設けられているが、その荒江を分水するものかどうか不明。
1977年という高度経済成長の余韻が残る時代に建てられたもの故か、無機質な造りである。
円筒分水工と赤塚揚水機場。この間に暗渠化された荒江(佐潟の排水路)がある。
揚水機場のおそらく吐出側のバルブ群。つまり、この施設が分水工の代わりってことかな?手前のエルボーパイプにはピンホールと見られる発錆があるのが気になるぞ。
赤塚揚水機場の横に設けられている、県営かんがい排水事業新川地区(水管理改良施設赤塚地区)の概要を示す看板。今となっては非常に貴重な情報が掲示されているはずなのだが、褪色してほとんど判別不能。