1943(昭和18)年9月10日17時36分、一般家庭の夕食時に震度6の鳥取地震発生、市内で火災が同時多発して300戸以上が焼失した。そのわずか8年半後の1952(昭和27)年4月17日、鳥取市街地の大半を焼き尽くす大規模火災が発生、全市12,000戸中5,000戸以上が焼失したという。
それらの災害復興として焼失区域で土地区画整理が行われ、道路の拡張も行われた。
その一環で、1958(昭和33)年に6本の道路が交わる瓦町交差点に中央島が設けられ、ロータリー交差点の運用が始まったとのこと。ただ、中央島は戦前から存在していたとの説もあるので、調査継続中。導流帯は空中写真によれば1970年代には設けられており、交差点全体が現在の形になったのはかなり昔のことのようだ。
中央島には、ワシントンヤシ(か、ビロウ)だけが植栽されていたり、三菱電機の広告塔が建てられていたり、時代により大きく変化している。
全ての接続路で環道に入る前に一時停止となっており(※)、交通量はかなり多いもののスムーズに捌けている印象がある。もっとも、県庁所在地と言えど人口20万人弱の街であり、他の都市に比べればクルマの絶対量は少ない。
※ 2004年10月からこのように規制されている。それ以前は2本の接続路のみ一時停止であった。
ラウンドアバウトとして運用することは検討されているのだろうか。十分に可能な円形交差点だと思う。
カテゴリー | ロータリー |
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路線 | 県道192号西町鳥取停車場線/市道 |
所在地 | 鳥取県鳥取市今町/瓦町 |
実走行日 | 2016-05-06 |
全景写真 | |
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