京急本線追浜駅の裏手にある住宅地の中心部に円形交差点がある。回転方向は案内されていないが、通行する車両のみならず人も右回りしており、ロータリー交差点としての運用が根付いているようだ。
追浜付近は横須賀海軍航空隊設置をはじめ横須賀が軍港として整備される過程で海岸沿いは軍関連の敷地になり山手は住宅地として開発されていった。この地も大正時代までは農耕地だったが、昭和になって急速に宅地化が進んだのだろう。
| 1916(大正05)年04月 | 横須賀海軍航空隊本部設置(現日産自動車追浜工場付近) |
| 1925(大正14)年01月 | 特別国道23号(現追浜駅前~日産自動車総合研究所付近)完成 |
| 1927(昭和02)年06月 | 国道31号(現国道16号)追浜~田浦間開通 |
| 1930(昭和05)年04月 | 京急前身の湘南電気鉄道(及び追浜駅)開業 |
| 1933(昭和08)年06月 | 向坂トンネル完成 |
| 向坂土地区画整理事業、円形交差点設置 |
このロータリー交差点の東側(追浜駅側)の丘の上には湘南病院があるが、かつては海軍航空技術廠(横須賀海軍航空隊本部南側に隣接)の技術将校宿舎であった。
中央島は直径10m、第一豊田荘ロータリーや栄町江の島住宅のロータリー交差点の中央島、青梅市今井5丁目の防火水槽と同じであり、防火水槽として作られたと見てよいだろう。現在は防火水槽としては機能していない。
| 路線 | 市道7号線/市道35号線支線 |
|---|---|
| 所在地 | 神奈川県横須賀市鷹取1丁目 |
| 完成時期 | 1938(昭和13)年 | 実走行日 | 2025年02月23日 |
追浜向坂ロータリーを北側から眺める。円形交差点であることを案内するものはないが、関係者しか通行しない道路であるとともに20cmほどの段差が無謀な走行を否定する。
北側から中央島に接近する。建設当初は防火水槽だったと想像するが、現在は防火水槽を示すものはない。
東側から眺める。この接続路は自動車も通行可能であるが通行する車両は極めて少ない。
南側から。どの接続路にも警戒標識「ロータリーあり(201の2)」は設置されていない。
土地区画整理事業開始前に作られた向坂トンネル。当初は素掘りだった。
- 参考資料
- 横須賀郷土資料叢書 第3輯 (浦郷村郷土誌.田浦町誌) 田浦町誌(1978年/横須賀郷土資料復刻刊行会)
- 横須賀市史(1957年/横須賀市)

