ロータリー交差点

旭川常盤ロータリー

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国道40号起点から640mの地点、国道40号上にあるロータリー交差点。
車道部の直径約76mは、公道の円形交差点としては国内最大径である。
この交差点を語るには、石狩川支流・牛朱別川(うしゅべつ)氾濫の歴史とその対策としての流路切替工事を知らねばならない。

牛朱別川と流路切替工事

上川町と当麻町の境付近を源とする牛朱別川は、上川盆地を西に流れて旭川市街地付近では大きく蛇行して石狩川に合流していた。現在の常磐公園の南側にその河道があり、常磐公園付近は中州であったので「中島」と呼ばれた。旭川周辺の入植は明治中期であるが、入植後頻繁に氾濫に見舞われたため、蛇行している河道をまっすぐにする捷水路工事が計画され、昭和5年に着工、昭和7年に通水した。これに合わせて旭橋の架け替えも行われ、現在(3代目)の旭橋が昭和7年に竣工している。

流路を変えた後には、旧河道を埋め立てる工事が行われている。これにより旧河道に架けられていた橋は役目を終える。常磐公園南側にあった常盤橋付近も埋め立てられ、ここにロータリー交差点が設けられた。

古地図

昭和4年刊「伸びゆく旭川」付図より引用

「ときわばし」「常公園」「あいをいばし」「蓬莱橋」等の文字が見える。この時代はまだ常磐公園の用字が定まっていなかったのだろうか。

この地図を現代の地図に当てはめてみる。旭川常盤ロータリーから4条東鷹栖通りに至る道路が条坊を斜めに貫きM字型にうねっているのは、河道だったからなのだ。

《摘要》
青線:河道切替前の流路
紫の矩形:旧旭川町役場跡
橙の台形:今井合名会社醸造所跡
緑の八角形:上川精線所跡

相生橋~蓬莱橋の跡地付近の交差点には中央島のような中央分離帯が設けられているが、信号で制御されているとともに警戒標識「ロータリーあり(201の2)」は設置されておらず、ロータリー交差点ではない。牛朱別川切替工事後の埋め立て計画において、常盤ロータリーと同様にここもロータリー交差点にしようとする動きがあったのだろうか。

常盤ロータリー交差点の通行方法

なお、この常盤ロータリー交差点の通行方法はローカルルールが多くてかなり特殊だ。
そもそも、ロータリー交差点であることを示す警戒標識「ロータリーあり(201の2)」が設置されているのは国道40号のみ。
そして、国道40号と4丁目通りは信号で流入が制御されているのだが、なぜか環道走行車から見える位置に信号機が設けられているため、流出時に停車しなければならないかも?という錯覚に陥る。(横断歩行者がいる場合を除き、流出時に信号で停止する必要はない)
釧路の幣舞橋南詰にあるロータリー交差点の通行方式とも異なっていることに注意を要する。

交差点情報整理

路線国道40号/市道4条斜線9条通線/市道平和通斜線通線/市道常盤町斜線通線
所在地北海道旭川市常盤通1丁目/8条通7丁目
完成時期1936(昭和11)年
実走行日1988年07月19日

現調レポート

特記した1枚以外は2017年07月15日撮影

旭川常盤ロータリー

商工会議所前からの眺め。中央島の塔はてっきり市電の操車塔だと思っていたが、市電時代に建てられた塔は1956年の市電廃止とともに解体・撤去されたそうだ。この塔は1985(昭和60)年に新設されたものとのこと。あの展望台?に潜入する方法はあるんだろうか?

商工会議所前の横断歩道脇からの眺め。環道で停止している車がある。

旭橋方面から常盤ロータリーを眺める。このごちゃごちゃ感が複雑なルールを強化している。(この写真のみ2009年07月31日撮影)

読売新聞旭川支局前からの眺め。環道は車両通行が途切れる時間が意外に多い。国道からの流入が信号で制御されているからか。

旭橋

牛朱別川切替工事と同じタイミングで架け替えられた三代目旭橋。北海道現役最古の鋼道路橋。
ブレースドリブ・バランスド・タイドアーチ橋、橋長225.4m、1932(昭和7)年11月完成。

見慣れない銘板が色々と。工事銘板の「昭和六年」は桁の完成時期だろう。

5条通2丁目交差点

ロータリー交差点になり損ねた5条通2丁目交差点。分離帯のように見える中央島を右回りで制御している。


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