間府大橋


1978年に事業着手された簸川南(ひかわみなみ)広域農道(愛称:出雲ロマン街道)が斐伊川放水路の開削部を越える区間だけが主要地方道出雲三刀屋線に指定されており、それが間府大橋である。

主要地方道出雲三刀屋線のバイパス?別線区間が開通すれば、ここはループ橋ではなくなる。もっとも、今でも斐伊川放水路左岸道路が分岐しているのでループ橋とは言い難い面がある。

1981(昭和56)年から2013(平成25)年にかけて、斐伊川から神戸川に洪水の一部を分流する目的で斐伊川放水路事業が行われた。洪水時のみ流れ込むので、間府大橋の下は平時は水無川である。

斐伊川放水路の開削により設けられた斐伊川分流水門のすぐ北側に「来原岩樋(くりはらいわひ)」という頭首工・分水工がある。1687(貞享4)年に原型である「汗入ヶ樋(あせりがひ)」と高瀬川が開鑿された後、1700(元禄13)年にほぼ現在と同じ姿の来原岩樋が完成した。

ここで高瀬川と間府川に分水されているが、間府川の歴史は更に古く、17世紀中頃に松江藩の命により開鑿され、水路途中には「只谷間府」という約360mのトンネルが設けられていたそうだ。「只谷」は付近の地名、「間府」はトンネルとのこと。石見銀山をはじめ古い鉱山の坑道である「間歩」や歩行者専用トンネルを指す「まんぽ」と同じ語源とみられる。

この「只谷間府」は、あいにく斐伊川放水路の建設により消滅したらしい。貴重な土木遺産ではあるが、いま住む人々の生命を守ることが重要である。

来原岩樋や只谷間府に関することは、出雲市立神戸川小学校が設けたウェブサイト わたしたちのまち神戸川 大梶七兵衛 が詳しい。とてもよく纏められた調査資料で、近隣を訪問する際には一読しておきたい。(私自身、これを読んでから間府大橋を訪問すべきだったと悔やんでいる)

路線県道26号出雲三刀屋線
所在地島根県出雲市上塩冶町
回転度255度
完成時期2008(平成20)年4月26日供用開始
実走行日2017-05-03
全景写真
間府大橋ループ全景拡大する
間府大橋ループ全景。かなり大規模なループだ。
県道部の東端。ここから左回りでループを描いて間府大橋(正確には、間府大橋に隣接して設けられたカルバート)をくぐってゆく。将来はここを直進する道路が作られるはず。
塩冶小学校児童の書による橋名板