那覇の南、糸満市の旧市街にあるロータリー交差点において、2015年10月3日から社会実験としてラウンドアバウトの運用が行われた。2016年3月31日で社会実験は終了したが、信号機は撤去済み、引き続きラウンドアバウトとして運用されており、本格導入に向けた実施設計~本設工事が予定されている。
「糸満ロータリーラウンドアバウト」とは二重表現のように見えるが、既に「糸満ロータリー」が地点名(交差点名)として定着しているからこれでいいのだろう。
国土地理院が公開する米軍撮影の空中写真によれば、1944(昭和19)年9月時点では建物が密集しているが、1945(昭和20)年12月には広場のようになっている。その後の整備により、1950年代には中央島も設けられロータリーとして運用が開始された模様である。
アメリカ占領下の糸満ロータリーに関する記録は、糸満市ウェブサイトのほか、那覇市歴史博物館のデジタルアーカイブ(1,2,3)、沖縄タイムスギャラリーショップの(商品番号:C_154587)等にある。