岐阜県と福井県の県境付近を源に木曽川へ流れる根尾川。そのちょうど中間あたりに位置し、断層で有名な根尾谷近くにある金原ダムは中部電力金原発電所の取水堰として1929(昭和4)年に建設された。
魚道は当初設けられていなかったが、魚道の必要性が徐々に認識されるようになった1970年代前半に設けられた。(具体的な時期は調査中)
金原ダム堤体のすぐ下流に市道の高尾橋が架けられていて、現在の橋は1967(昭和42)年3月に竣工したものだ。先代は金原ダムと同時期の1929(昭和4)年に架けられた吊橋であった。
ダム建設当初に魚道は設けられていなかったが、その後に必要性を認識するに至り、吊橋主塔の位置が魚道建設の障害になる等の理由があって橋を架け替えたのでは?と考えたが、文献調査の結果、架け替えは魚道とは直接関係していないことが判明した。
その一方で、高尾橋の補強斜材の橋台が魚道と一体化しており、次の順序で施工されたと考えるのが妥当か?
- 現・高尾橋架設
- 魚道建設
- 高尾橋補強斜材施工
いずれにしても当時としては画期的な魚道長であったに違いない。水位差を克服すると同時に、洪水時の流量に極力影響を与えないようにするために、魚道構造をできるだけコンパクトにまとめるべく、苦肉の策として現代の「たて型壁面魚道」の原型のような型式が採用されたと見られる。「のの字な魚道」とは言い難いが、流路が上下で重なっているのでギリギリ定義を満たしていると考えた。
| 構造 | その他の型式 |
|---|---|
| 水系 | 木曽川水系根尾川 |
| 所在地 | 岐阜県本巣市根尾高尾 |
| 回転度 | 180度 |
| 完成時期 | 1970年代前半 |
| 訪問日 | 2018年10月20日 |
2018年10月20日撮影
1929(昭和4)年に建設された金原ダム全景。右の赤い橋が高尾橋。主桁の補強斜材は魚道建設後に施工された可能性が高い。
金原ダム魚道全景。擁壁が大正レトロな印象だが、そんなに古いものではない。
上から眺める金原ダム魚道。「のの字」を描いているわけではないが、ギリギリループ魚道と呼んでいいだろう。
屈曲部を拡大してみる。余水はまっすぐに流す仕組みのようだ。

