(2010年5月1日初版記事公開 2021年1月13日記事全面書換)
1978(昭和53)年10月に中国道(最寄りは東条IC)が供用開始となり、中国地方の内陸自治体にとっては中国道へスムーズに接続することが街発展の重要条件であった。
岡山県新見市と広島県福山市をつなぐ国道182号、神石高原町内北側区間(広島県道451号三坂手入線交点から広島県道9号芳井油木線交点まで:手入集落から旧油木町中心部/東条往来と呼ばれる旧街道の一部)の9kmは、高梁川水系成羽川・その支流の帝釈川及び小谷川が刻む深いV字谷とその山肌を縫うように1.5車線の道路が続いていた。この狭隘な道路の拡幅・緩勾配化は困難であるため、新道建設が計画された。油木バイパスである。
周辺は新第三紀備北層群という、地表近くでは強く風化して地すべりを起こしやすい地質であるため、路線計画においては切土を最小限にする工夫が必要だったそうだ。そんなわけで、周囲の地山を削らずに小谷川の源流付近の急斜面を克服する苦肉の策として、縦長の「の」の字を描くよう計画された。中の人がループ橋好きなわけではないのだ。
全体9kmをいくつかの工区に分割し、段階的に施工・供用開始された。油木大橋の架設は1982年だが、この工区は1983(昭和58)年8月に完成した。橋長125m。
油木大橋の見所は、なんといっても橋の前後にある警戒標識である。
ループの北側に1件、南側に2件、計3件あるが、いずれも曲率が微妙に異なる手書き感満載のキレイな「の」を描いているのだ。のの字収集を始めた頃にネット上で走破レポを見て、早く行ってみたい気持ちに駆られた。
かなり長細い形状ののの字であり樹木も多いため全景を撮影することは困難だが、辛うじて、交差部を少し外れたところから旧道(東城往来)に入ってそれらしき写真を撮ることができる。
橋が上下で交差する下側の南行車線にはわずか200mながら登坂車線がある。登坂車線と言うよりは ゆずり車線の性格が強いかも知れない。
路線 | 国道182号 |
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所在地 | 広島県神石郡神石高原町油木 |
回転度 | 240度 |
完成時期 | 1983(昭和58)年8月 |
実走行日 | 2010-05-01 |
全景写真 | |
(2010年5月1日初訪)
拡大する 北側から眺める油木大橋。この警戒標識は線形を忠実に表現している。路外には距離標が健在ですよ。 油木大橋のループ交差部。前後合わせて200mにのみ登坂車線が設けられている。 拡大する 油木大橋全景。写真左端に、旧道接続の交差点が見える。 油木大橋南側に設置された警戒標識。見えている橋は油木大橋の南側で小谷川に架かる岡谷橋(おかたにばし)だ。
(2020年9月23日再訪) 拡大する 油木大橋のすぐ南に設置された警戒標識。もしかして更新されたのか?2010年版とは線形が違うぞ。 これは2010年訪問時の警戒標識まとめ。 2020年訪問時の警戒標識まとめ。 油木大橋橋名板。小谷川に架かっているのは事実だが、この橋の下では暗渠化されている。 |