営団藤江ロータリー


JR西明石駅の西・山陽電鉄藤江駅のすぐ北側にある住宅団地にロータリー交差点が設けられている。

元々は明石競馬場であったが、国家総動員法発布を受けて1939(昭和14)年に発布された軍馬資源保護法により、競馬場(軍用保護馬鍛錬競走場)は各都道府県に1ヶ所に集約されたため明石競馬場は廃止となり、また、その頃に川崎航空機(現在の川崎重工業明石工場)の工員住宅建設が求められていたことから、競馬場跡地利用として住宅営団が1942(昭和17)年に住宅団地を造成した。現在でも、土地区画に競馬場跡の痕跡が僅かに残っている。山陽電鉄藤江駅は競馬場廃止とともに営業休止となっていたが、住宅団地建設に伴い1943(昭和18)年に営業を再開した。

住宅営団が建設を計画したのは営団東初芝団地と同時期で、日本建築協会が発行する雑誌「建築と社会」1943(昭和18)年1月号に掲載された団地・建物配置図によれば、二戸一棟形式の長屋が524戸、一戸建てが157戸、計681戸の大規模団地である。一戸平均の土地面積は現代の建売住宅とほぼ同じ38㎡である。団地内に日用品配給所、集会所、診療所、公衆浴場、託児所、児童遊園5ヶ所、交番等の施設とともに、団地のシンボル的な位置付けであろうロータリー交差点が配置された。近代的な住宅団地ではロータリー交差点地下に防火水槽が設けられているケースが多いが、ここにはない。

環道は一方通行で規制されているが進入時の一時停止規制はない。西・北・東の各接続路には警戒標識「ロータリーあり(201の2)」が設置されていないため優先関係がはっきりしないのだが、この団地のローカルルールが存在するのではないか。地域住民に尋ねたかったのだが、残念ながら訪問時はそういう空気ではなかった。

偶然の産物かも知れないが、接続する道路いずれの右方にも建築物が少ないため視界が十分確保されており、環道進入時の安心感があることが特徴的だ。

カテゴリーロータリー
路線市道藤江33号線
所在地兵庫県明石市藤が丘2丁目14
完成時期1942(昭和17)年頃
実走行日2018-06-24
全景写真
南側(山陽電鉄藤江駅前)から眺める。警戒標識「ロータリーあり(201の2)」はここに設置されている1件だけだ。
南側から眺める営団藤江ロータリー拡大する
営団藤江ロータリーを南側から眺める。環道流入時の一時停止規制はないので、左方車優先(すなわち進入車優先)ということになる。環道に設置された規制標識「一方通行(326A)」の補助標識でも、ここがロータリーだと知ることができる。ただし、ロータリーと記された補助標識はこの1枚のみである。この団地に進入する道路は事実上南側の1本であることを示している。
西側から眺める。こちらも一時停止の規制はないが、警戒標識「ロータリーあり(201の2)」もないので、優先関係がはっきりしない。
北側から眺める。接続路の幅員(概ね7m)に比べて環道の幅員(10.6m)が違和感を覚えるほどに広い。造成当時は一方通行の概念がなかったと考えるべきか。
東側から眺める。
ロータリー中央島内部は地域住民によって植栽が小奇麗に維持されている。
住宅団地のロータリーにしては珍しく防火水槽が設けられていない。
日本建築協会が発行する雑誌「建築と社会」1943(昭和18)年1月号に掲載された団地・建物配置図拡大する
日本建築協会が発行する雑誌「建築と社会」1943(昭和18)年1月号に掲載された団地・建物配置図。造成当初からロータリー交差点が配されることを示している。