笹川パークブリッジ

JR南四日市駅の西3km、1964(昭和39)年から1969(昭和44)年にかけて県により施行された四日市都市計画 南部丘陵土地区画整理事業の一環で、1968(昭和43)年に笹川団地の造成が完了した。その中心部付近にある笹川東公園と笹川西公園を結ぶように架けられた歩道橋の両端昇降階段がループしている。笹川小学校の通学児童の安全を図るために架けられたとのこと。

この歩道橋、津市江戸橋1丁目の国道23号江戸橋北詰交差点に架けられていた江戸橋横断歩道橋が移設されたものである。下のGoogleストリートビューは在りし日の江戸橋横断歩道橋だ。

江戸橋横断歩道橋と笹川小学校、津市と四日市市に離れていながら実は妙に符合している。

1969(昭和44)年01月 三重県立大学水産学部(現 三重大学生物資源学部)、江戸橋に移転
1970(昭和45)年12月 三重県立大学医学部(現 三重大学医学部)、江戸橋に移転
1973(昭和48)年02月 江戸橋横断歩道橋(橋長122m)完成
1973(昭和48)年03月 三重大学医学部附属病院、江戸橋に移転
1973(昭和48)年04月01日 笹川東小学校開校(同6月13日開校式)
1975(昭和50)年04月01日 笹川西小学校開校(同6月3日開校式)
2018(平成30)年11月29日 江戸橋横断歩道橋撤去
2019(平成31)年03月31日 笹川東小学校・笹川西小学校閉校
2019(平成31)年04月01日 笹川小学校開校(笹川東小学校校舎を使用)
2022(令和04)年05月21日 笹川パークブリッジ供用開始

つまり、江戸橋横断歩道橋は三重大学医学部附属病院移転に間に合うように整備された。また、笹川東小学校と笹川西小学校の統合により笹川西小学校校区の児童たちが4車線の四日市環状道路を渡ることになったので、安全を図るために歩道橋を架ける必要があり、たまたま廃止される歩道橋が県内にあったと。そんな偶然を見逃さなかった 中部地整 三重河川国道事務所 と 四日市市役所 都市整備部 のファインプレーだろうか。

江戸橋横断歩道橋が架かっていた国道23号の幅員は26m、移設先の市道笹川環状1号線の幅員は21.2mで、螺旋階段部を公園内に置くことを考えればジャストサイズだ。ただ、道路法の制約があった。螺旋階段部を公園内に置くのでは無償で譲り受けられないので、四日市市は昇降階段の範囲を公園区域から道路区域に変更したとのこと。

(道路の敷地等の帰属)
第九十条 国道の新設又は改築のために取得した道路を構成する敷地又は支壁その他の物件(以下これらを「敷地等」という。)は国に、都道府県道又は市町村道の新設又は改築のために取得した敷地等はそれぞれ当該新設又は改築をした都道府県又は市町村に帰属する。
2 普通財産である国有財産は、都道府県道又は市町村道の用に供する場合においては、国有財産法第二十二条又は第二十八条の規定にかかわらず、当該道路の道路管理者である地方公共団体に無償で貸し付け、又は譲与することができる。

古くは大学生が渡り、現在は小学生が渡る。三世代でこの歩道橋を渡っている家族がいるかも知れない。この歩道橋の建設・撤去・移設すべてに地元の宇野重工が関わっていることも奇跡だろう。筆者は江戸橋横断歩道橋撤去の4日前にすぐ近くまで行っておきながら、歩道橋撤去予定を知らずに取材を次回に送ってしまったことを強く後悔している。

路線市道笹川環状1号線
所在地三重県四日市市笹川5丁目・同 笹川6丁目
回転度600度+600度
完成時期2022(令和4)年5月21日供用開始
実走行日2023-10-06
全景写真
笹川パークブリッジ全景拡大する
笹川パークブリッジ全景。塗色は変えられたが、構造・形状は昔のままらしい。
笹川パークブリッジ東側昇降階段拡大する
笹川東公園内に設置された東側昇降階段。自転車対応ではあるが、下りは自転車の右に立たねばならない。螺旋階段下がフェンスで囲われているのは、そこが公園ではなく道路だからか?
笹川パークブリッジ西側昇降階段拡大する
笹川西公園内に設置された西側昇降階段。昇降階段は門型橋脚で支えられる。

江戸橋横断歩道橋時代の橋歴板の横に笹川パークブリッジの橋歴板。両方を施工した宇野重工の誇りだろうか。
江戸橋横断歩道橋を笹川パークブリッジに転用した経緯や技術的な情報は 通学路としてよみがえった“ぐるぐる階段”の歩道橋 (日経クロステック 2022年08月04日/日経コンストラクション2022年8月号)に詳しく記述されている。
※日経クロステックは有料会員限定記事